放屁

2013年11月19日

入試を控えた高3生HSさん、テスト前の高2生SRくん、それぞれ5時、6時に来て10時半まで残って自習していました。(後者は数学不出来で残らざるをえないという面もあったかな、はは)

お腹も空くだろうにえらいな。(前者は家近いんで途中食べに帰ったか、はは)実は私が一番腹ペコだったかも。朝昼わりと軽いもんしか食べないんで9時を過ぎるとお腹が鳴ることもあります。

自分から居残り再テスト志願の中1HNさんも勉強して10時半近くまでがんばってました。(彼女は実はかなりのマイペースです。あんまりちゃっちゃとできずゆっくりさんです)

腹減り関連ですが、先日も書きました。
ズボンのお腹がきついのと空腹とがないまぜになって、なんかガス、つまり「おなら」がたまります。もちろんみんなの前で「放屁」はしません。

「放屁」といえば高校のときの現代国語の教科書でした。太宰治の『富嶽百景』に彼が師事した井伏鱒二が屁をこいて、それを「先生は放屁なされた」と冷静に言うくだりがあって印象に残っています。そのとき初めて「放屁」という言葉を知りました。
あのときの現国の先生かっこよかったなあ。名前忘れました。ごめんなさい。
尾籠な話、ごめんなさいね。

ひとつのことからいろんなことが蘇ってきます。57年も生きていれば、そこここあちこちそちこち、どこにでもなんらかの思い出、かかわりがひっかかってくるもんです。

39年を過ごした京の町も同様です。北区方面に偏るもののそれこそそこら中にいろんな思いがつまっています。あふれそうです。

これからも生きていく中でいろんなことが積み重ねられていくんでしょうね。