不肖の息子

2016年01月22日

月一の紙仕事を終えました。安堵感があります。

空いた時間にちょっと読書。「じいじい」になった椎名さんの『三匹のかいじゅう』。
同じく「グランパ」になったつゆはらくんは興味深く読み進めます。
孫が立ち歩いたりしゃべったりヒトとして動き出すと私も椎名さんみたいになるのかなあ・・・・・・

同じことを綴りますがまさかの立場になってしまった私です。

「なってしまった」と言ってもけっして不本意なわけではありません。うれしいですよ。我が子の子が生まれ孫になってこの世に現れたんですからね。こんな幸せなことはありません。それだけ長く生きることを許されたと感じます。ありがたいことです。
まあ、溺愛する自分は想像できません。程よく距離を置いて愛してやりましょう。


ここで速報です。U23が出場するリオオリンピック予選(?)で日本がイランに快勝。3-0です。あと一つ勝てば五輪出場決定です。


閑話休題。有川さんの『塩の街』『空の上』『海の底』、いわゆる自衛隊もん3部作を読みました。いずれも佳作。今日はその一言にとどめます。


思ったのは父親のこと。陸上自衛官でした。覚えている階級は1尉でした。高卒でした。
「よくぞそこまでたたき上げ、上り詰めたな」と思います。
「努力したんだろうな」と感じます。
小さいころ「ふじがっこうへいっている」と聞きました。
「『ふじがっこう』、なんやろそれ?」と思っていましたが大きくなって多少事情が呑み込めました。昇任するための幹部候補生学校が富士にあったようです。
一年のうち半年以上家にいなかった年が何年もあったように思います。
努力の人だったんでしょう。家庭の事情(母子家庭)で大学進学はあきらめたと聞いています。
「なんとか進学を」と高校の先生がばあちゃんのところへ相談に来たとも聞いています。
そのお父ちゃんが「努力の人」であってほしいと名づけたんでしょうかね私に「努」と。不肖の息子です。

お父ちゃんが生きていて還暦を迎える私と向き合えば互いに何を語り合うんでしょうか。おもしろくもありおそろしくもあるかもしれません。
ははは・・・・・・

それができなかった己と父親の人生を、孫を愛せる機会をもらった自分とそれが与えられなかった父親の人生を考えつつ生きていきます。