できるだけ

2016年05月13日

午前中、娘の都合と合わせ莉乃ちゃんに誕生日祝いをとどけました。
「こんなんがほしい」という莉乃ちゃんのお母さん(つまり私の娘)の要望にならい、「押し車」を。
おもちゃ屋さんにはなく、ネットで注文。ネットの便利さを痛感。それなくしての生活はありえないんじゃないかと思うと怖さも感じます。

%E3%81%8A%E3%82%82.JPG

寝起きの莉乃ちゃんでしたが徐々に目覚め、帰り際にはあげたおもちゃで遊んでくれました。
暑くて目からも汗が出たぞ(それは涙と言います「そうとも言うかな」)。

会うごとの成長。うれしいです。己が「祖父」の立場なったことが不思議でもあります。
じいちゃんやばあちゃんにかわいがってもらった私がグランパです。

我が身が60年もこの世にあったことに感謝です。父は生きられなかった生です。
母親の享年はいくつだったっけ? それすらしっかり覚えていない不孝息子です。
生きてりゃ80です。生きていてもおかしくはありませんね。

いや、生きていてほしかったですね。

もちろん父親に対しても同じ思いです。あまりにも早く逝きすぎたんで、なんか、こう、うまく言えませんが、どうなんだろう、照れ?

今、生前の父母の姿を目に浮かべています。あのときのまま、そのときのままです。

伊丹の長屋暮らしが蘇ります。(お母ちゃんが天ぷら揚げててボヤだした)
釧路の官舎住まいが浮かびます。(マッチ箱みたいに小さい建物やったな)
善通寺の官舎の佇まいもそこに。(釧路の官舎と似たりよったりだったな)


60年の人生を振り返ると、どうなんだろ、いや、ほんとに長く生きさせてもらっています。
ありがたいことです。


今後もなにがあっても、どんな境遇であっても、せいいっぱい生きさせてもらうつもりです。